取材体験記 (未公開写真付) #2


ベトナム・竜のすむ島へ



2005年、11月〜12月にかけてベトナムを取材した。
旅の主な目的は、ベトナムで最初に、世界自然遺産(ユネスコ)に登録された
ハロン湾を撮ることだったが、ベトナム解放(ベトナム戦争終結)30周年
という節目の年に、この目で「今の」ベトナムの有様を見ておきたい。
その思いもまた強かった。
いうまでもなく動物たちとの出会いも、私にとって大きな楽しみのひとつに
ちがいない。
ハノイからハロン湾、さらにトンキン湾へも連なっていく離島を経て、
ニンビン→フエ→ダナン→ホイアン→ニャチャン→サイゴンという順路で
国道1号線を下り、2000キロを縦断した。
そのうちの、ハロン湾・ハノイ・ニンビンについて報告する。
※旅の移動手段・・・バス(一部バイク、カヤック、船)。 旅程・・・22日間。
>>レポートを読む。

 

取材体験記 (未公開写真付)  #1


密林にベンガルトラの孤影を追う

ベンガルトラを撮影するため2000年から度々、インドを訪ねている。
とくに01年と04年の前半は、森に暮らすような生活を送った。
人口の爆発的増大。急激な土地開発。それに伴う森林伐採の影響で、
インドの森は姿を消してきたが、わずかながらもまだ、野生のトラが棲めるジャングルが残っている。
インドのほぼ中心にあるカーナ国立公園は、開発の手を逃れた極少の森のひとつ。
1年中みずみずしい葉をつけたサラの木が濃密に茂り、巨大なジャングルを構成している。
ここはザラヤード・キップリングの『ジャングル・ブック』の舞台になった森でもある。

そのカーナ国立公園もモンスーンの季節には、驟雨が到来する。
2000年6月のこと。私はジープに乗ってトラを探していた。前夜は大雨。
ジャングルの奥に、ぬめった轍の跡をつけながら進んでいると、
ふいに前方にただならぬ気配がした。

「トラだ! トラの足跡だ!」

ジープから降りて確認する。まだ新しい!
「たったいま通ったばかりだ」
ガイドのアニル・ビーストが溜息をもらす。
巨大な雄トラのもので、掌球幅16センチを超えていた。

 

雨季ならではの、くっきりとしたトラの足跡



じりじりとした気持ちのまま、その場で待機すること1時間。

「タイガー!」

森林監視員の短い叫びが、唐突に沈黙を破った。

80メートルほど後方に何か得体の知れないものが見える。
蜃気楼の中を何かがゆらゆら漂っているようなかんじだ。
豆粒のような大きさだ。だがしかし、その豆粒はたちまち妖気を放散した
巨大な野生猫の姿にとってかわる。

望遠レンズを取り出し、ピントを合わせる。

トラだ!紛れもなくトラなのである。

「ジャングル中の道はどこでもおれ様の道だ」という風情でわれわれのジープに
急接近してくる。15メートルから10メートル。ついには6メートル。

トラは目と鼻の先だ。

≪危険≫の2文字が頭にちらつくより先に、なにはともあれ、フレームにその孤影を
とらえる欲求だけが、私の思念のすべてとなっていく。
これが、写真家の生理というものなのだろうか。

バンダフガル国立公園でも、しばしばトラに急接近されることがある。
好奇心が極めて旺盛。そして次の動きが予測できない。
これはネコ科動物に共通する特徴のようだ。
B2と名づけられた雄トラは、私とは旧知の間柄。
この5年間ですでに20回以上も出会っている。

私はいまや、彼らと自分は見えない糸でつながったのだ、と思っている。

 

道に現れたB2。土の匂いを嗅いでいるのだろうか



○ベンガルトラ取材についての掲載誌
『週刊朝日』2010年2月19日号/「次の寅年までに野生のトラが消える!?」
『日経サイエンス』2001年6月号/「ベンガルトラのホットスポット バンダフガル国立公園」
『週刊文春』2004年9月23日号/「最後のトラの王国を行く」



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