密林にベンガルトラの孤影を追う
ベンガルトラを撮影するため2000年から度々、インドを訪ねている。
とくに01年と04年の前半は、森に暮らすような生活を送った。
人口の爆発的増大。急激な土地開発。それに伴う森林伐採の影響で、
インドの森は姿を消してきたが、わずかながらもまだ、野生のトラが棲めるジャングルが残っている。
インドのほぼ中心にあるカーナ国立公園は、開発の手を逃れた極少の森のひとつ。
1年中みずみずしい葉をつけたサラの木が濃密に茂り、巨大なジャングルを構成している。
ここはザラヤード・キップリングの『ジャングル・ブック』の舞台になった森でもある。
そのカーナ国立公園もモンスーンの季節には、驟雨が到来する。
2000年6月のこと。私はジープに乗ってトラを探していた。前夜は大雨。
ジャングルの奥に、ぬめった轍の跡をつけながら進んでいると、
ふいに前方にただならぬ気配がした。
「トラだ! トラの足跡だ!」
ジープから降りて確認する。まだ新しい!
「たったいま通ったばかりだ」
ガイドのアニル・ビーストが溜息をもらす。
巨大な雄トラのもので、掌球幅16センチを超えていた。
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雨季ならではの、くっきりとしたトラの足跡 |
じりじりとした気持ちのまま、その場で待機すること1時間。
「タイガー!」
森林監視員の短い叫びが、唐突に沈黙を破った。
80メートルほど後方に何か得体の知れないものが見える。
蜃気楼の中を何かがゆらゆら漂っているようなかんじだ。
豆粒のような大きさだ。だがしかし、その豆粒はたちまち妖気を放散した
巨大な野生猫の姿にとってかわる。
望遠レンズを取り出し、ピントを合わせる。
トラだ!紛れもなくトラなのである。
「ジャングル中の道はどこでもおれ様の道だ」という風情でわれわれのジープに
急接近してくる。15メートルから10メートル。ついには6メートル。
トラは目と鼻の先だ。
≪危険≫の2文字が頭にちらつくより先に、なにはともあれ、フレームにその孤影を
とらえる欲求だけが、私の思念のすべてとなっていく。
これが、写真家の生理というものなのだろうか。
バンダフガル国立公園でも、しばしばトラに急接近されることがある。
好奇心が極めて旺盛。そして次の動きが予測できない。
これはネコ科動物に共通する特徴のようだ。
B2と名づけられた雄トラは、私とは旧知の間柄。
この5年間ですでに20回以上も出会っている。
私はいまや、彼らと自分は見えない糸でつながったのだ、と思っている。
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道に現れたB2。土の匂いを嗅いでいるのだろうか |
○ベンガルトラ取材についての掲載誌
『週刊朝日』2010年2月19日号/「次の寅年までに野生のトラが消える!?」
『日経サイエンス』2001年6月号/「ベンガルトラのホットスポット バンダフガル国立公園」
『週刊文春』2004年9月23日号/「最後のトラの王国を行く」
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