ニンビンへはハノイから南に、バスで2時間も走れば到着する。
ここは海ではなく大地に、岩山が林立している。いわば「陸のハロン湾」だ。
南へと向かう観光客の中には素通りしてしまうものも少なくないが、
郊外に足を運べば、そこには岩山のあいだに田園風景が広がり
水牛がのんびり草を食んでいる。木登りをして遊んでいる子どもたち。
ヤギを追う少年・・・・・・。
ハノイの喧騒とはうってかわり、ベトナム人の純朴な暮らしが、ここにはある。
宿でバイクを借り、古都ホアルーに向かう。
ノーリードの犬がときどき視界に飛び込んでくる。
撮影をしながら、ゆっくりバイクを流していく。
一時間後。私はホアルーにいた。
束の間のあいだ、時間が止まったような奇妙な感覚が、芽生えてきた。
これは「なつかしさ」というものなのだろうか?
ホアルーの全景を、私はどうしても見たくなった。
山の頂上に向かって、歩みをすすめた。
山道の突端までたどり着く。するとさらにその上に――ギザギサの錐状になった
いくつもの石灰岩が、屹立していた。
「ここは登れそうもないな」と、見上げていると、不意にひとりの少年が現れた。
自分がガイド役を買って出る、というのだ。
初級レベル程度なら「岩壁登攀」も経験したことがある私だが、
ここは少年についていくことにした。
少年はなんと――ビーチサンダルを履いている。まだ10歳くらいだろうか。
無数の槍のような石灰岩の群れを、少年がぴょんぴょんと越えていく。
額に汗が滲み出してくるのを感じながら、やっとの思いで私は、少年の後を追う。
陸のハロン湾が、しかしその全景をあらわにするのは、まもなくだろう。
雲の切れ間から、やわらかな陽光がこぼれていた。
この地にも、やはり竜が舞い降りたのだろうか。
ふとそんな思いが、私の頭をかすめていった。
○ハロン湾取材についての掲載誌
『猫びより』2006年5月号/竜がすむ島のネコ
『週刊文春』2006年5月10日号/海と陸のハロン |