File07 トラの食事の作法とは?



これまでに私は、トラが獲物を食べているまさにその瞬間に2度、
食べ終わった直後に1度遭遇している。
さらに、その被毛と骨、頭部や胃の一部だけを残して食べ尽くされた獲物の近くにいる
トラを2度目撃している。
獲物はすべてサンバーかアクシスジカである。

2004年2月のバンダフガル国立公園での観察例を、ここに再現しよう。

ゾウの上に私はいた。
私とゾウは森の奥へと向かっていた。

すさまじい腐臭がツーンと鼻を突いた。
饐(す)えた生ごみ? 
いや、そんな生やさしいものではない。
およそ言葉で表現することなど不可能な異次元的なにおい。
ここにあえて記すとすれば、血と土と獣と朽ちた葉が混じり合ったにおいだ。

唐突に、ゾウが歩みを止めた。
ただならぬ気配がする。

7メートル前方に、引きちぎられて胃袋がとび出したアクシスジカが見える。
巨大なイチョウの葉っぱのような両耳をパタつかせたゾウが、体を左右に揺すった。
 
激しい喉の渇きを私は感じた。

「アゲェー!(前へ!)」。私はためらわずヒンドゥー語で囁いた。

ふっ!

息を溜め込むような声を上げたゾウ使いが、ゾウの耳の上のあたりを蹴っ飛ばした。
しかしゾウは動かない。

ひゅっ!

ゾウ使いは大きく息を吐きつつ鉄棒を振った。
ピシャリとゾウの頭皮に音が弾ける。
両耳をパタッと開いたゾウは、観念したようにササの茂みを押し倒した。

2メートル前へ進んだ。
しかし視界は、長く伸びたササの葉に遮られていて、前を見渡すことができない。

「ダヤン!(右だ!)」私はそう言った。
「もう限界だ」と言わんばかりに、ゾウの肩がぐらっと揺れた。
が、健気に前足を右前方に突き出した。

ぴしゃっ!

ことさら大きくゾウを打つ音が聴こえたとき、5メートル前方の地面に黄金の影が見えた。

トラだ! 

黄金の影のすぐ先には無残な姿のアクシスジカのむくろが横転していた。
うずくまったままのトラを、ファインダー越しに眺める。
すると突然、トラの牙が獲物に突き刺さった。
猛然と食べ始めたのだ。



トラがまず食べるのは、獲物の下腹部か臀部だ。
それから次第に上部へと移ってゆく。
その間に、腸や肝臓、心臓のような筋肉器官を食べる。
腸はふつう引きずり出して食べる。
頭や骨についている肉を除き、屍体はほとんど全部食べられてしまうが、
瘤胃は残される。大きな骨も食べない。  

目の前のアクシスジカの臀部と腹部、胴体のほとんどは、すでにトラに賞味された後だ。
腸も見当たらない。

トラはライオンと違い、実にエレガントに食事をする。  
「食べ散らかす」ということがないのだ。
そしてトラはいったん獲物を確保すると容易にその傍から離れようとはしない。
現に5メートルの距離まで、闖入者(私とゾウのことた゛)が接近しても、
この雌トラは断固として動こうとしないのだ。

この
エレガントな食事の作法と獲物に対する強い執着心(というかナワバリ意識の強さ)は、
トラの
狩りの成功率の低さと関係している(たぶん)
と私は考えている。       
    
トラの狩りについては、また改めて。

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