File05 人虎伝説はなぜ、生まれたのか?



「人虎伝説」とは何か。

簡単に言ってしまえば、虎に食われたヒトの霊は、悪霊となる。  
この悪霊は、虎にとりつき、ヒトを誘い出し、虎に襲わせるというものだ。

唐代の『広異記』という伝奇集(8世紀半ば)に、こんな話がある――。

ある男が山中を歩いていると、1頭の巨大な虎に出逢った。
恐怖のあまり男の足がすくみ、意識が急速に薄れていった。

再び男の正気が戻ったとき、その身体には信じがたいことが起こっていた。
まず、後ろ足の形や色が変わり始めた。
臀部に重苦しい疼きを感じたとき、黒と黄色の縞模様のひものようなものが、
男の両脚のあいだから垂れてきた。爪先は鈎針(かぎばり)のようになり脚は動物の肢となる。
そしてすでに恐ろしい黒と黄色の縞模様になっていた膝の関節は、後ろに曲がり出した。

虎にされてしまったのだ! 悪霊が男にとりついたのだ。

男はその後、4年の間、悪霊の指図を受けて人畜を襲ったが、内心は嫌でたまらなかった。
ある日、悪霊に連れられて寺の前にさしかかった。男は逃げ出し寺に駆け込んだ。
禅僧に保護され、そこで人の姿に戻ることができた。

しかし寺から外に出ると、すぐに悪霊に捕まり、また虎にされてしまった。
男の苦悶は続く……いったい自分は何人のヒトを殺さなければならないのか……。


さて、残り2行で物語は終わります。
あなたなら、どのような結末にするでしょう?


ラストシーンを明かす前に――。

こうした中国の人虎伝説はかなり広く流布されていったようだ。
なぜ、「人虎伝説」が広く語られるようになったのか?

理由は、次の2つである。
●トラは、絶対的に
人々に恐れられた。
●トラの身体のパーツ(骨やペニスなど)を使った
漢方薬を中国人が珍重した。

トラは、人々の畏怖そのものだった。唐代には夥しい数のトラが、中国全土にいたはずである。
しかしそれだけではない。
トラは害獣だ。人を襲う。家畜も襲う。駆除しなければならない――
虎骨を得るためには、世論の全体的な方向を、このように誘導していく必要があったのだ。


さて、物語の結末を書くとしよう。『広異記』にはこう記されている。

再び寺に駆け込んだ。一心不乱に経文を読んだ。
1年間、読み続け、男はようやく人間に戻ることができた。

最終的に人間に戻れたから、この話は、まだましである。
「人虎伝説」の中には、人喰いのまま、人間たちになぶり殺しにあう虎の話もある。


※ここで紹介した「人虎奇譚」の、あらすじは出典通りだが、
男が虎に姿を変える場面の描写は、マレー地方の伝説を下敷きに、
私が創作したものだということを断っておく。

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